TOCによる経審評点改善-小説ザ・ゴールに学ぶ-
作成日 2002-11-10
改訂日
Ver.1.5

クリックス
通信で連載した、TOCを使った経審改善手法。行政書士向けに書かせていただきました。


建設業を取り巻く厳しい受注環境の中、クライアントである建設会社に対し、いかにして経審評点向上のアドバイスを提案するかが我々の大きな課題になっています。

経審はご存じの通り、売上高評点X1、技術者評点Z、職員数など2つの指標によって決まるX2、11の社会性項目によって審査されるW、12の財務比率によって審査されるYと合計27項目という多岐にわたる項目を審査することによって評点算出が行われます。

経審評点は27もの個別指標を統合して計算することにより各建設会社の各工事種別ごとの経営状況を点数化し、公共工事発注機関に提示されます。各発注機関は、この総合評点を元に発注可能金額の範囲(ランク)を決定しますのでクライアントもその重要性を認識していますが、評点向上のアドバイスを行うとき27もの個別指標を一度に説明しても全てを理解してもらうことは非常に難しく、ある程度テーマを絞って説明しなければ理解を得られません。
特に経理部に専門性の高い人が配置されていない小規模事業者に対して説明ためには、かなりわかりやすい説明をしなければ理解を得られません。

● 評価比重からポイントを絞る

ポイントを絞って説明するためには総合評点に与える影響度を考えて大きく影響する項目のみを説明しておくという方法が考えられます。

経審を構成する27の指標の内訳を見ると、売上高評点、技術者評点の二つがまず大きく影響する事が分かります。
次に財務評点Yが大きな影響を与えます。財務評点を構成する12の指標が総得点に与える影響度(寄与率)を見ると、売上高営業利益率14.2%有利子負債月商倍率17.0%、純支払利息比率11.3%とこの4つの指標で4割を占めています3つの指標の重要性が浮かび上がってきます。とくに有利子負債月商倍率と純支払利息比率は、借入金が少なくなれば両比率とも改善できますので、経審評点に大きく影響を与える項目は「売上高」「技術者」「営業利益」「有利子負債」この4つに絞って説明することが出来ます。

●経審を取り巻くトレードオフ


「あっちを立てればこっちが立たない」と言われる状況を経済学ではトレードオフの関係と呼びます。経審においても、一つの項目を良くすれば総合評点が良くなるという事であれば常にそれを説明すればよく、提案もシンプルになります。しかし、現実の経審ではそう単純でなくトレードオフの項目が沢山あり事態を複雑にしています。
例えば、社会性評点Wを引き上げるため法定外労災に加入すれば、毎月の掛け金の分営業利益は減少し財務評点Yは悪化します。まさに「あっちを立てればこっちが立たない」のトレードオフの関係です。
売上高を増加させれば「売上高評点X1」が向上し総合評点を引き上げる効果があります、しかし営業利益が前年のままであれば売上高対営業利益率が低下し、財務評点は悪化し総合評点を引き下げます。更に売上高が増加すれば当然必要運転資金額が増加します。必要運転資金額が増加すれば、受取勘定月商倍率など流動性指標が悪化、運転資金確保の為に借入金を増やせば有利子負債月商倍率も悪化する可能性が高くなります。

この様に経審評点を決める各個別指標を、配点割合から考え「
売上高」「技術者評点」「借入金」「営業利益」この4つに絞って提案するとしても、よく考えると一つの指標を改善すると、他の指標が悪化するというトレードオフの関係が発生し、一体どのようなアドバイスをすれば良いのか迷いを生じさせることになります。

●個別最適経営では経審評点は上がらない


実際のクライアントの経営は、営業部、工事部、経理部とそれぞれの仕事を分業して行っています。そこでそれぞれの部門に関係のある指標を上げるため、それぞれの部門に個別の目標を与えるという方法が良く考えられます。
例えば営業部には売上高目標を与え売上高評点を上げることだけを考えさせ、工事部には利益の目標を与え、売上高対営業利益率を向上させる、経理部には借入金を減少させ有利子負債月商倍率を下げさせるといった具合です。この様な経営を個別最適経営と呼びます。

この方法は一見正しいように感じます。それぞれの指標が良くなればその合計である総合評点も向上するはずです。
しかし現実には、色々なトレードオフが存在しており当初考えていたとおりにはいきません。
「営業部が受注を増やせば増やすほど、経理部は資金繰りに苦しむ」「営業部は単価を下げて売上高を増やしたいが、工事部は利益確保を目標にしているので単価は下げられない」といった具合いに部門ごとの目標が矛盾して、各部門はどう行動したらいいのか分からないという状況に陥ります。
一般論でいえば、運転資金を減らしながら売上を増やす、販促費を減らしながら売上を増やす、技術者を増やしながら会社全体の固定費を減らす。こういった事は矛盾しており同時に実行することは不可能です。
よって経審の各指標それぞれを良くするために、「それぞれの部門・人が個別に目標を立てて頑張る」という経営方針ははじめから矛盾を内包しており実行不可能。個々の指標を良くするために各人それぞれが頑張るという個別最適の経営では経審評点を良くすることは出来ないのです。

●複雑系の話


物理など科学の世界では、複雑系とよばれる研究が進んでいます。1980年米国のサンタフェ研究所では、天気の移り変わりについて莫大な資金とスーパーコンピューターを使って研究しました。完璧な天気予報を目指し研究したわけです。その結果分かったことは「完璧な天気予報は出来ない」という結論でした。雨と風、雨と気温といった一対一の引き起こす因果関係は解明することが出来たので、それら全ての項目をつなぎ合わせて詳細に計算すれば完璧な天気予報は出来ると考えられていたのですが、実際に計算してみるとあまりに影響を受ける項目が多すぎて、ある状況を想定してニューヨークの天気を予報しても、「北京で一匹の蝶が羽ばたいた」という新しい事実がおこっただけで全く天気が変わってしまうという事が分かったそうです。

経審で考えてみると、「値下げをして売上高を上げる」という方針をとったとすると、売上高が増加し売上高評点が向上した、しかし売上高利益率が下がり、受取勘定月商倍率も悪化した。という風に様々な項目に波及し総合評点がどうなるのか予測できません。

売上高が増加すれば売上高評点は必ず増加すると一対一で考えれば結果は分かるのですが、総合評点という全体の事となると「値下げをすれば経審評点は必ず上がる」と言い切れませんし「値下げをすれば経審評点は必ず悪化する」とも言い切れません。
一つの項目の変化は様々な事を変化させて全体は予期せぬ方向へ動いていき予測することが出来なくなるのです。

これはサンタフェ研究所で、スーパーコンピューターを使っても完璧な天気予報が出来なかったことを考えれば当然です。様々な意志を持った多くの人が関わる現実の経営の世界を、幾ら細かく数字で分割していっても、将来の経営全体がどうなるのか予想することは不可能です。原価計算、工事実行予算、工事見積価格積算、予算制度、目標管理、成果主義給与体系といった従来の経営手法は、この状況を細かく分割していき答えを見つけるという考え方に則った部分最適な経営手法であり、企業全体を良くするという方向付けは行えません。
複雑系の科学から考えれば、部分を良くすれば全体が良くなるとは言えないからです。

最近科学の世界では、こういった複雑な現実を受け入れて現実的な方法を求める複雑系と呼ばれる研究が進んでいます。経営学においても複雑系の経営学と言われる物が多く登場する様になりました。次回は複雑系の経営学の一つであるTOC制約条件の理論について掲載致します。

●TOC(制約条件の理論)


昨年ベストセラーになったビジネス小説に「ザ・ゴール」エリヤフ・ゴールドラット著という物があります。この小説は経営状況の厳しい工場を預かる工場長が、3ヶ月以内に業績を向上しないと工場閉鎖すると宣告されてから、新しい経営方法を大胆に取り入れ改革を行う様を小説にしたビジネス小説です。ここで展開される経営方法をTheory of Constraints(制約条件の理論)と呼びます。

TOCは、アメリカの製造業を中心に実際に導入されており日本に負けていたアメリカ製造業復活の鍵と言われています。日本でもNECの生産工場などに導入されており、小説ザ・ゴールの日本語訳出版により注目を集めています。
この小説で描かれている生産工場は、各担当が皆それぞれの目標数値に向かって必死に頑張っているのに工場全体では何故か財務内容が悪化する、皆の頑張りが結果に結びつかない様子が描かれています。また工場長としても複雑に影響しあう各生産設備の複雑さにどのような手をうって良いのか分からなくなってしまう苦悩が描かれています。誰もさぼっているわけでもないのに何故か全体の業績がどんどん悪化していきます。

この姿は、経審で各指標を良くしようと考えても、他の様々な指標に影響を与えどのような方針を立てていいのか分からない。各部門、各職員の個別目標へ向かっての努力が、他の部門との矛盾により実現せず経審総合評点改善につながらないといった様と同様です。

●ボトルネックの概念


TOC制約条件の理論では、複雑な現実の経営を読み解くためにボトルネックという概念を提案しています。
 多くの機械設備を使って一つの製品が出来る工場生産可能台数を考えてみると、一連の設備の中でもっとも生産能力の低い設備が生産できる分が、工場全体の生産可能台数になります。
「曲げ」「プレス」「研磨」と3つの設備を使って製品が出来る場合を考えると、「曲げ工程」で1日に100個、続いて「プレス」が一日100個出来るケースでるとしても、「研磨」は一日に1個しか出来なければ工場全体の出荷数は、一日に1個になりそれ以上にはなりません。このケースでは「研磨」工程が制約(ボトルネック)でありボトルネック以上に生産することは出来ません。
「曲げ」工程の品質問題、「プレス」の設備老朽化といった様々な問題がこの工場にはあるでしょう。各生産設備を担当する人は色々努力を重ねているでしょうが、ボトルネックである「研磨」設備の研磨できる数以上出荷できないという事実は変わりません。
このことは「曲げ」工程の問題、「プレス」工程の問題などボトルネック以外の問題に取り組んでも、工場全体の出荷を増やすという目的から見れば無意味だということあらわしています。幾ら頑張っても「研磨」工程の生産数以上、工場全体の出荷量は増えないのですから。成果を増加するためには、ボトルネックについて努力すべきで、それ以外の事をすることは無意味なのです。

「工場全体の生産能力は、ボトルネック以上にはならない」この工場での話を一般化すると次のように言えます。「企業経営においての成果は、ボトルネック以上にする事は出来ない」
ボトルネックとは工場において最も生産能力の低い設備を指します。これを一般化すると「企業経営において、最も弱い所以上に、成果を上げることは出来ない。成果を増やすためには最も弱いところについて対策すべきで、それ以外の事をしても意味はない」このように言えます。

●TOCを使った経審評点改善策


経営や経審評点は、非常に複雑です。一つの新しい事をすれば他の色々な項目に波及して、全体が大きく変わります。それを事前に予測することは不可能です。しかしボトルネックの概念である「全体の能力を決める所は、一カ所のボトルネックである」という事実を見れば、企業全体にとってやらなければならない問題を一つしかない事がわかります。

建設会社の経審評点が上がらない原因は、個別に見ていくと沢山あります。「発注量が減少している」「有資格の技術者が雇えない」「材料費を下げられない」「工期が短縮できない」「品質が安定しない」「提案営業可能な営業マンが雇えない」上げていくと非常に多くの問題が浮かび上がってきます。経審の各指標の意味をクライアントに説明しその原因を探っていけば20〜30の問題点はすぐ浮かび上がってきます。考えれば考えるほど問題点は増えていき一体何から手をつけたらいいのか分からないような状態になってしまいます。

しかしボトルネックの概念で考えれば、沢山ある問題のうち取り組むべき問題は、ボトルネックの工程だけでありそれ以外の問題に取り組んでも経営成果を引き上げることは出来ません。TOCを使って経営に取り組めば複雑に入り組んだ沢山の問題の中から、問題を一つに絞り込みシンプルに考えて行くことが出来るようになります。

●ザ・ゴールでの経営改革のステップ


複雑な現実に対処するためには、最も弱いところ(ボトルネック)を中心に改革方法を考え全体に波及させていく必要があります。
小説ザ・ゴールの中で行われる具体的な経営改革は以下の手順で行われます。
.TOC5ステップの展開
1.ボトルネックを見つける
2.ボトルネックを強化する
3.非ボトルネックはボトルネックにあわせる
4.ボトルネックに投資する
5.はじめに戻る

まずは企業全体の中で最も大きな問題であるボトルネックを見つけます。ボトルネックは通常最も能力の低い工程を指し、営業、施工など業務プロセスの中で最もトラブルの多い工程を指しています。
2では、このボトルネック工程をあらゆる手だてを使って強化します。この段階では資金を掛けず、生産管理技術、品質管理技術など「知恵」を使って能力を向上させる方法を考え実行します。
3は、ボトルネック以外の仕事をしている人がどのように行動すべきかをあらわしています。ボトルネック以外の仕事は、ボトルネック以上に生産など努力しても全体としては無意味になります。ですので自らの業務を努力して行うのではなく、如何にすればボトルネックの業務を助けられるかといったチームプレイの精神で業務を行わなければなりません。自分の仕事の事だけ考えるという意識を捨てて会社全体の事を考えるよう意識改革をはかって行動しなければなりません。

ここまでやってもまだ当該ボトルネック工程が変わっていなければ「4.ボトルネックに投資する」の段階で初めて資金を投入して設備投資を行います。ボトルネックへの投資は企業全体の成果を増加させます。
よくムダな投資をしたという事がありますが、このボトルネックの概念を使えば「ムダな投資」を判断することが出来ます。企業の成果を決めるのはボトルネックのみです。ですのでボトルネック以外の業務に投資を行っても企業全体の成果は増加しません。ボトルネック以外の業務に投資を行うのはほとんどムダな投資になるといえます。

この4つのステップを踏んだ後、再度ボトルネックはどこにあるのかはじめに戻って考え、このプロセスを永遠に続けていく。これがTOCで行われる経営改革です。

●経審改善の5ステップ


経審総合評点は、経営全体の結果を様々な指標を組み合わせて算出する指標ですので、経営の成果が経審評点に明確に現れてきます。よって経営が良くなれば経審評点も良くなるわけで、TOCの提案する方法を使えば複雑な経審評点改善策も、ボトルネックのみに注目して経営すれば向上させることが出来ると考えられザ・ゴールでの改革ステップに従えば問題解決の道筋が見えてきます。

経審評点は、その企業の最も弱いボトルネック以上にはならない。経審評点を上げるためには、ボトルネックを見つけ、強化し、周りが助け、投資を行う。このステップを繰り返し行うことが必要と言えます。
経審の場合一工場での話ではなく、企業全体の経営を判断しますので、ボトルネックは、その企業の経審評点を下げる最大の要因ウィークポイントと言い換えられます。そのウィークポイントを中心にTOCの5つのステップを使うと以下のようになります。
1.企業の中で最も弱い所(ウィークポイント)を見つける
2.ウィークポイントを強化する
3.ウィークポイント以外の業務を行っている職員は、ウィークポイントの人を助けるよう仕事を行う
4.ウィークポイントにお金を掛けて強化する
5. ウィークポイントが他に移動していないか改めて考え1に戻る。

この5つのステップを段階的に行うことによって経審評点を引き上げていく道筋を与えることが出来るのです。

●行政書士の役割


TOC制約条件の理論は、経営改革の具体的方法を示していますが、経営が良くなる「答え」の様な物は書かれていません。現実の経営は様々な事が重なり合って結果が生まれる複雑系の世界であり、「良くなる答え」を示せるほど単純ではありません。
TOCは、企業が目標に向かって進む間におこる、沢山の問題のうち、どれに取り組めば最大の効果が上がるのか指し示します。最終的に問題を解決できるのは、長年積み重ねた経験と知識が必要で、その業務を行っている現場の人にしか出来ません。
我々のクライアントである建設会社の現状は、公共工事発注量減少の影響を受け相当厳しい状況が続いています。建設会社の社員の方々は、以前と変わらずそれぞれの精一杯の努力を行っていますが、会社全体では以前のような結果が得られず経審評点は下がる一方です。

我々行政書士は、経審評点を高めるための唯一の「答え」を提案する事は出来ません。我々の出来る事は、解決のためのヒントや流れを提案する程度です。小説ザ・ゴールではジョナ教授がどうすればいいのかといった「答え」を提示せず、ヒントや流れを提案し、当事者に考えさせるよう促していくシーンが描かれています。我々行政書士の立場としてもとても参考になると思われます。
一度「ザ・ゴール」エリアフ・ゴールドラット著を読んでみてはいかがでしょうか。



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