経審監査は誰のためにあるのか
作成日 2003-5-10
改訂日
Ver.1.5

クリックス通信掲載  5144文字



8月24日25日建行協10周年記念講演会と分科会に参加してきました。国土交通省の方の講演とパネルディスカッション。参加した分科会は経営事項審査の監査制度についてがテーマです。

分科会では、具体的に監査をする場合どういう問題がでるのかといった所を中心に議論されていました。現場にいる我々からすれば「経審監査」と聞いてもそのような負担を中小企業に押しつけるのはとても無理だと思ってしまいなかなか前向きな議論はできません。

上場企業は財務諸表について公認会計士が監査を行うので適正なルールに基づいているだろうと考えられます。中小企業ではそのような制度はありません。企業のモラルでもって正確性を担保しなければならないという現状です。
もし財務諸表のほとんどが事実と異なっているならば、財務分析をしても意味がないという事になります。これでは経審制度そのものの意義が問われかねません。重要な問題であるのは間違いありません。


【トヨタの「5回のなぜ」で経審監査を考える】

トヨタの工場での改善に使われる「5回のなぜ」では、問題についていきなり解答を考えるのではなく、5回何故何故を繰り返しより本質の問題を見つけて、それから解決策を考えなければならない。と言われています。

経審監査の問題についてもいきなり解答を考える前に、何故経審監査が必要か、何故経審が必要かといった所までさかのぼって考えなければ本質は見えません。

W1.経審監査は何故必要ですか?
(なぜなら)
W2.経審に必要なデータの「正確性を担保」しなければならないからです。
(なぜなら)
W3.正確なデータによって審査された経審は、建設業者を客観的に「ランク」わけしなければならないからです。
(なぜなら)
W4.ランクわけするのは、「官公需確保法の要請」に基づき、大きな工事は大きな業者、小さな工事は小さな業者に発注しなければならないからです。
(なぜなら)
W5.官公需確保法によって、国の「中小企業基本法」を実践しなければならないからです。

ここまで展開すると、経審は中小企業基本法の精神で中小企業を「保護」するために存在していると存在理由が明確になってきます。

もし中小企業を「保護」する必要がないのであれば、わざわざややこしいランク分けする必要がありませんし、経審をする必要もありません。小さな企業に小さな工事を発注する必要はありません。大半の工事を中小建設業者が受注する公共工事の問題を考えるときこの事は非常に重要です。

【経審は中小建設業を保護するため存在する】

では、一体官公需法とはなんでしょうか。

>(10)中小建設業者に対する配慮
(前段略)
 また、指名競争を行うに際しては、極力同一資格等級区分内の者による競争を確保することとするが、優良な工事成績を上げた中小建設業者に対しては、施工能力等を勘案し、上位の等級に属する工事に係る競争に参加できるようにする等積極的に受注機会の確保に努めるものとする
<引用:「平成14年度中小企業者に関する国等の契約の方針 」平成14年7月9日閣議決定

官公需確保法について本年の閣議決定文の中に、ランク制の堅持について書かれている文章です。この文章がランク制と経審の根拠になるわけでしょう。

この資料の中には、政府調達額のうち今年は46.2%は中小企業に発注すると目標値が具体的に書かれています。

一方政府の規制改革会議では、官公需法は行き過ぎた中小企業保護であるとして問題提起が始まっています。

>◆ 政府調達で官公需法はコスト高招く 総合規制改革会議で指摘

 会議後の会見で宮内議長は、競争政策に関連した政府調達のあり方について触れ、「毎年度、中小企業の受注割合を一定程度定めている官公需法の存在に問題がある」と指摘。年末の答申で、透明性と公正性を確保する観点から同法のあり方に言及する考えを明らかにした。<(引用:日刊建設工業新聞の11月7日記)

【中小企業は弱者ではない:中小企業基本法改正】

このような官公需法が何故存在するのでしょう。建設行政のあらゆる根底には、中小企業を「保護」するという政策目標があるという事が前提にあります。中小企業政策の根幹をなす法律は「中小企業基本法」です。

>経済の二重構造論を背景とした非近代的な中小企業構造を克服するという「大企業との格差の是正」が政策目標であり、いわば「脱中小企業論」的な考え方。<
(引用:中小企業基本法改正のあらまし」岐阜県中小企業団体中央会)

中小企業基本法の考え方の理念を短くまとめた文章です。
この弱者保護の考え方によって、官公需法が定められ、中小企業発注目標額が決まり、ランク性を定め、経審を行う。中小企業向け公共工事はこのような前提があって行われています。

中小企業基本法は平成11年、大幅な改正を行いました。

新・中小企業基本法
>中小企業の柔軟性や創造性、機動性に着目し、中小企業こそが我が国経済の発展と活力の源泉であり、中小企業の自助努力を正面から支援します。 <(引用:同上)


旧来の「中小企業は弱者なので保護する」という視点から「中小企業を一律弱者と扱わず、中小企業こそが経済の活力の源泉であり、多様な伸びようとする中小企業を支援していく」という視点に大転換を行い中小企業基本法を抜本的に改正しました。

これに伴い中小企業支援センターを全国各所に設置、中小企業診断士資格について大幅な改訂、経営革新支援法など助成・融資制度も大幅に変更しています。

この背景には「中小企業とは何か」について根本的な考え方の変更があります。

【大組織中心の終焉:冷戦終結と構造変化】

冷戦体制以前の資本主義国家の象徴であるアメリカは、大企業が経済を牽引するという形がとられていました。「弱者(中小企業)が淘汰される」資本主義経済です。巨大IT企業IBMであれ、フォード社であれ大企業が経済の中心です。しかし日本企業の攻勢に負けて、1970年代〜80年代構造的な不況に陥りました。

一方社会主義圏のソ連も崩壊しました。ソ連の場合は、国全体が一つの巨大企業として、官僚や研究者が考えた第1次五カ年計画といった政策を全体で実施し、経済を発展させてきました。ところがこの方法論が崩壊してしまいました。

苦しくなった旧アメリカ・旧ソ連に共通する構造は、「大きな組織」が中心になって経済運営を行うという形です。

株式投資の学問「金融工学」を読むと、「幾ら論理的に問題の解決方法を考えても、結局の所未来の事はわからない。よって完璧な解決方法を見つける事は出来ない」と言う事が書かれています。

旧アメリカ・旧ソ連両者ともに、大組織が完璧な答えを見つけて実行するやり方でした。しかしこのやり方自体体が不可能な時代になったと言えます。唯一完璧な答えが見つからなければ、唯一の方法を大規模に実行しても大規模に失敗してしまうそんな時代になったのです。


【中小の時代へ:アメリカ復活の理由と中小企業基本法の改正】

資本主義も社会主義も「唯一の正解を見つけられないので、大規模に実施することが出来ない」という構造的問題にぶつかりました。ソ連は崩壊し、アメリカは20年間ほど不況で苦しみましたが、再成長を始めました。復活した経済をニューエコノミー経済と呼びます。

アメリカの経済が復活したのは、アメリカ人が突然まじめになったり、頭が良くなったわけではありません。経済運営自体が変化したのです。


現在の金融の世界では、分散投資を行うのが一般的です。幾ら研究しても完璧な投資先は見つけられないので、まずまず良さそうな株式を複数買い、もし一つ駄目だったとしても他でカバーする、一つの成功で全体の損失をカバーする。こういった取引が行われています。

これと同じように、アメリカで現在行われているニューエコノミー経済政策は、「一つの大企業」や「一つの国」が考える政策に全てを投資するのではなく、沢山存在する政策、つまり多くの中小企業やNPOが考え出した事業計画に、株式投資などにより分散投資し、もし一つ駄目でも他でカバーするという、小組織に分散投資する経済に移行したのです。これによってリスクを減らし果敢に挑戦する社会体制を実現できることになり、アメリカ経済の再成長が始まったのです。

こういった時代の変化を背景に、中小企業基本法は改正されました。日本の中小企業も、弱者ではなく、新たな事業を開発し、新しい雇用の場を提供する「経済主体」としても機能を持っている。そういう企業を政府は支援していくという事です。金融ビックバン・税制改革などの政策もこの文脈の中で考えられる重要な政策です。

中小企業こそが経済の主体であると考えれば、「中小企業がどんどん淘汰されて、新しい中小企業が出てこない」「弱者保護を名目に既得権者を保護して、新しいアイデアを持つ企業を排除する」という状況は分散投資が出来なくなるという観点から大きな構造問題だと考えられます。
このようになってしまった日本の経済状況はアメリカの不況時代70年代、80年代と同様です。
社会・経済問題を解決する可能性のあるアイデアを形になる前に潰してしまっている社会です。

誰も完璧な答えは考え出せません、だから様々な人・企業が新しいアイデア・事業計画を出して問題解決に試行錯誤する。その中で出来るだけ正しい物を皆で選択し、見つけ出そう。そういう努力をする人を国は支援する。これが改正中小企業基本法の考え方の根底にあるのです。

【経審監査とディスクロージャー】

新しい問題に挑戦する中小企業は、非常にリスクが高く、倒産の可能性も多くあります。こういった企業が資金調達するためには、銀行からの融資というスタイルでは限界があります。

銀行は預金者から0.03%といった低い利率で資金を預かっています。預金者からみれば利率が低くても安全に運用してくれるので預金しているわけです。
こんな立場の銀行が、倒産リスクの高い企業に資金を貸し出すでしょうか。低い利率で、安全な運用もしないのであれば預金者は誰も預けなくなってしまいます。

リスクの高い挑戦する企業には、銀行以外の資金調達手段がなければなりません。

アメリカのニューエコノミー経済を支える重要な施策は、小さな企業への株式投資など直接金融の環境整備でした。

個人投資家が挑戦する人への投資を促すため、上場基準の引き下げ、投資組合の法整備、士業者の支援体制整備、税制改革、規制緩和、会計監査。そして投資家保護のための決算書公表などディスクロージャーの環境整備を行いました。

アメリカではさらなる投資家保護のためインターネットを使ったディスクロージャーを普及させるよう行動しています。誰でもインターネットで決算書等がみられるXBMLとよばれるITを使ったディスクロージャーです。

しかし考えてみると、日本の約19万社の経審受審業者はすべてインターネットで結果が公表されています。
さらに都道府県にいけば、決算変更届と呼ばれる決算書がすべて閲覧可能であり、その数は約60万社、世界に類をみない試みです。。
もう既に建設業界はディスクロージャーが行われているのです。

これを考えれば、全国の中小建設業者に直接金融を使う環境整備はある程度出来ていると考えられます。
出来ていないのは、会計監査です。
公表されている19万社の経審データも、上場企業以外は監査が行われていません。いくらディスクロージャーされていても、そのデータが正確でなければ投資家を呼び込み、「挑戦する中小企業」に資金を集めるという本来の目的は実現できません。経審監査はこの問題を解決する大きな可能性を持っています。

【経審監査は挑戦する中小企業のためにある】

「経審監査を行う」と現場の我々が聞けば、この厳しい環境の中にある中小建設業者に更なる負担をかけるのは無理だと感じます。

しかし何故を5回繰り返し、経済の大きな流れをみれば、経審監査という一つの施策も、構造改革の重要な施策と考えられます。

経審監査は誰のためにあるのでしょうか。それは新しい問題に挑戦する中小建設業のためであり、それを応援する投資家の方々のためです。
そうあるべきであり、そうでなければ意味のない負担をかける監査などやめるべきです。

我々は現在貸し渋り、貸し剥がしにあって苦しんでいる多くの「挑戦する中小建設業者」を目の当たりにしています。
その挑戦する方々に、真に必要な物は何か?それを実現するためには我々は何が出来るのか?
目前の問題「経審監査」もこういった視点から考えなければ、この厳しい不況から抜け出すことはできません。

aBUSINESS-Lab's 西原隆
http://www.a-lab.jp   nisi@a-lab.jp
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